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絵本を繰るような旅ーバルト、ハイタトラ、ザコパネ、クラコフ

Ｍ.Ｋ.チュルリョーニス

７月１９日から８月末までの長旅を終え、一息ついて資料整理を始めました。
旅先で本は買わない私が思わず買ってしまったのが、The　Escape(第９要塞からの逃亡)、The Unknown War(知られざる戦争：リトアニアパルチザンのソ連へのレジスタンス
1944-1953)、Siberia(リトアニア人大量シベリア追放)、Tales from the Berlin Wall(ベルリンの壁の物語)、Auschwitz/Birkenau(アウシュビッツとビルケナウ)などです。

カウナスの杉原千畝記念館にはじまり、第９要塞（死のキャンプ）、ビルニスのKGBミューゼアム（リトアニア人の大量虐殺）、ベルリンのユダヤ人虐殺記念碑（形、大きさの異なる何百という石棺が並んだ野外公園、今年５月完成）、アウシュビッツなどはからずも戦争の悪夢を思い出す土地ばかり訪れる結果になりました。

カウナスの死のキャンプ第９要塞は広々とした公園内にありましたし、リトアニア人を残忍な拷問で殺戮したKGBミューゼアムは、東京で言えば一等地、皇居前のような目抜きの通りにあるネオクラシックの瀟洒なビルでした。その前にある公園で私達はビルニスのシニアーのダンス同好会と交流会及びダンスを楽しんだのです。クラコフからアウシュビッツへの道の両側は、真っ赤なナナカマドの実、紅葉しはじめたブナ、トウモロコシ畑、実もたわわなリンゴの木、点在する村落と、平和を絵に描いたような農村風景でした。肥料代わりに人灰を撒布したというアウシュビッツの地には、名も知らぬ野の花々が咲き誇っていました。世界中の著名人が壁面に言葉を残していますが、故ヨハネパウロ２世の＜ここは、現代のゴルゴダの丘（キリストが処刑された丘）だ。＞という言葉が、わかりやすく、心に残りました。
このような平和で和やかな場所で、１つ歯車が狂うと、人間はどんなことでもするのだと大変に複雑な気持になりました。

一月半に渡り美しい自然と人間がなごやかに共存しているかに見える地域を旅しましたが、表面にどんな明るく、屈託のないメロディが流れていようと、底流には重苦しさがあり、今でも残音が心に響いています。

気分転換にＣＤをかけてみました。カウナスのチュルリョーニス美術館で買い求めた画家、作曲家、詩人であるチュルリョーニス（1875−1911）の交響詩「森の中で」と「海」です。
初めての出会いは絵です。彼の絵は私が好きな英国１８世紀の形而上詩人で画家のウイリアム・ブレイクに作風も天地創造という雄大な題材も似ていますが、もっと素朴に土や森や風や潮騒の香りがしました。重い画集を買いこみ、ふとみるとCDが並んでいます。彼が作曲家であることすら、私は知りませんでしたが、何気なく一枚買ってみたのです。

目を瞑ると、思い出の風景がつぎつぎと浮かんできます。
太古の森そのままのヒーウマ島の息吹、嵐、波打ち際の朝焼け、押し寄せる砂に幾度となく村が埋まり、それでも人は砂州にしがみつき、守り抜き、住みついているネリンガ砂州、詩情溢れる砂州の漁村や砂州を見下ろすトーマスマンの家等。

交響詩「森の中で」には北国特有のみずみずしい透明感、寂寞感があり、木立のざわめき、鳥の声、海泡、星の瞬きまで聞こえそうです。無限の天空に登りつめたい作曲家の気持が伝わってきます。メランコリックで叙情的なメロディの底流には強い愛国心、闘志を感じます。

「ああ、我らがリトアニアよ、我らが美しき祖国よ。慎ましくも誠実な心、そしてそこに繰り広げられた受難の歴史が、その美しさをいやましに輝かせてくれる。」（Ｍ.Ｋ.チュルリョーニス）

リトアニアはソ連の武力弾圧にも屈せず、1991年民族独立を勝ち取りましたが、彼はロシアの圧政下で民族運動にも関わり、３５才で身心をむしばまれ夭逝しました。

リトアニアでガイドが３人、入れ替わり立ち替わり、この時とばかりに早口で訴えるのを、律儀に通訳し続けた私の心に彼等の情熱が入り込んで、こんな文を書いているのかもしれません。

バルトの旅の思い出はこの一枚のＣＤと一冊の画集に凝縮されます。　

チュルリョーニス美術館
http://www.muziejai.lt/Kaunas/ciurlionio_muziejus.en.htm

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