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みんなで持ち寄り旅のスケッチ

幕間:星を見る人

カリプソ

暗い夜空と夜空より暗い森林。うっそうと茂る枝の谷間に、アスファルトの道路が横たわっている。街灯はなく、明かりを灯した家もない。
「このあたりでいいかな。ちょっと木が邪魔になるけど」
「いいよ。今見えているのは、どの方角の空なんだろう」
「北極星を見つければいいんだよね。ほら、あった。あれが北斗七星で、あれがカシオペア」
「他には?」
「それだけ(苦笑)。星座の名前、案外覚えてないなあ」

「カシオペア座って、どうしてあんなに曲がってるんだろう」
「イスに座っているからじゃないかな。星座早見盤で見たことがあるよ」
「座って何してるの?」
「ええと、糸巻きか何かを手に持っていた気がするんだけど。違うかな。糸を作ったり織ったりする人と言えば、ペネロペしか思い浮かばないや」
「オデュッセウスの妻だね」
「そう。毎日機を織りながら、オデュッセウスが帰ってくるのを待ってるの。でも夜になったら、織った糸を解いちゃうんだよ。布が出来上がったら、新しい夫と結婚しないといけないから」
「結婚しちゃったの?」
「ううん、その前にオデュッセウスが帰ってくるの。二十年ぶりの帰還だよ。ずいぶん長い間、留守にしていたものだね」
「ずいぶん長い旅をしたものだね」

「旅に出るとなぜか夜空を見上げちゃうんだけど、星を眺めながら寝たことはないなあ。一回やってみたい」
「私は南十字星を見てみたい。オーストラリアに行かないと、見られないんだよね?」
「沖縄でも、ちょっとだけ見えるよ。あと、なんちゃって十字星ってのも見えるらしい」
「だめだよ、偽物なんかっ。本物の南十字星を丸ごと見るの。ついでに、天の川付き」
「天の川は、どこでも見られるよ」
「ええっ?どうして私には見たって記憶がないんだろう」
「本当に見てない?」
「子どもの頃、おばあちゃんの家で見たことがあるけど、それっきり……」
「そうか。じゃあ次の旅で天の川を見よう。探せばきっと見つかるよ」
遠くで車のエンジン音が響く。ほうき星のように近づいてきたライトが急に膨張し、爆発寸前で消え失せる。暗闇の中に、かすかなガソリンの匂いが残る。

追記:
写真に撮るほどでもなければ日記につけるほどでもないけれど、旅の中でしか見つからない一時、というものがあります。今回はそんな旅の幕間をスケッチしてみました。

筆者より

こんにちは、カリプソ(from_calypso@hotmail.com)です。
エーゲ海に浮かぶ小さな島が私の家。
夜には波の音を聞きながら眠りに落ちて、いろいろな夢を見ます。
夢の中の私は、たいていUNIXエンジニアとして働いていますが、 時には旅に出ていることもあります。
初めて見る花、何度訪れても心の和む町そんな旅の風景をスケッチして、このサイトにお届けします。
お楽しみいただけたら、幸いです。

関連ウェブサイト
Webプラネタリウム(日本語/English)
http://www2d.biglobe.ne.jp/~hasegawa/hoshi/

ペネロペと求婚者たち(John William Waterhouse)
http://sunsite.icm.edu.pl/cjackson/waterhou/p-waterh14.htm